風邪を足す

 ときどき、電車の中などで独り言をしゃべり続ける人がいるが、きょう俺の前に座っていた男はおもしろかった。
 まるで話相手がそばにいるような話しぶりで、話に破綻がない。はじめの数十秒は隣の人が連れかと思ったほどだ。それになかなかの知識人である。日本史がまったくダメな俺は、亀戸で降りるというかれから、菅原道真大宰府に左遷されたいきさつをしっかり勉強させてもらった。くわえて、彼が風邪を引いたいきさつも知ることができて、風邪に対する注意も促されたしだい。
 で、思わず吹き出しそうになったのが、タイトルのことば。彼はこの2,3日、風邪の症状がどんどん進行しているといい、「風邪を引いたんじゃなくて、風邪を足しちゃったんだよ」というのだ。この発想、すばらしいじゃないか。「鼻水もSamenもとまらない」なんてお下劣なことを言ったりもするが、とにかくイメージを生むことばの統語機能に感心することしきり。
 その男は「ゴメンチャイチャイ、ゴメンニャンニャン」といって、人をかきわけて亀戸駅で降り、「みちまさ」公の所縁の天神さまに向かった(はず)。