シド・バレットが逝った(2)等身大の狂気

 日中にシド・バレットの訃報を知ってから、仕事の手をときどき休めながらずっと何を書くべきかかんがえていた。帰りの電車の中でも。事務所にペンを忘たせいで、浮かんでは消えることばを書き留められずに。
 しかし、なぜだろう。なぜ、彼の死がこれほど想念にまとわりつくのだろう。先日のリゲティの死や岩城宏之の死を目の当たりにすれば、涙のひとつも浮かぶだろうが、もしそれがシドだったら、たぶん幽霊の死でも見るかのようにただ消滅した存在の痕跡をながめるだけだろう。彼の晩年が幽霊のようだったというからではけっしてなく。
 もう15年くらい前に、上野俊哉氏ほか数人と共著で音楽におけるポップ・カルチャーの本を書いたとき、俺の当初のテーマは「ロックとロマン主義」となるはずだった。上野もそれを面白がった。ちょうど同じ時期に自分が編集に携わった本でポップ・ミュージックとテクノロジーについての小論を書き、そこでボードレールを引き合いに出しながら「新奇さに死ぬこと」とメディアにかかわることとの弁証法的関係についてかんがえたことがあったので、その延長でロックにおけるクリシェと狂気について触れるつもりだったはずだ。けっきょく、書かれたものは別のテーマになってしまったのだが、そこで参照するはずだったのがPinkFloydのシド・バレットとJoyDivisionのイアン・カーティスだった。
 おそらくそのときに書こうとした内容は、いま同じテーマで考えることとはちがうはずだが、シドの死が妙にまとわりついているのは、そういったこともあるのかもしれない。
 ここでPinkFloydやシド・バレット"について”とくに書くことはないし、俺自身、けっして熱心な聴き手ではなかったからその役でもない。ただ、シドの死がある時代の「狂気」の在り方を象徴している気がするのだ。
 
 時代や政治に内在する「大きな狂気」は、そのなかにいるわれわれがそれを意識することなどしなくても生きられるし、日常の「小さな狂気」は付き合い方を知れば、意識的にやり過ごすことができる。しかし、狂気が等身大となったとき、意識は行き場を失う。
「大きな狂気」とはアドルノが「アウシュヴィッツのあとでは、いかなる詩作も野蛮だ」といったモデルネに内在する狂気と言い換えてもいい。たとえば、先のリゲティの家族がアウシュヴィッツから戻らなかったという話を思い出してもいいが、時代の狂気に翻弄された芸術家たちの死は、その狂気に敵対することで生きる価値があった死だ。俺が敬愛してやまなかったクラシックの巨匠たちもまたそうだった。かれらは、訴えることができた。音楽というモデルネの産物の殉教者となることができた。
 しかし、狂気が等身大となったとき、かれは何を訴えることができるだろう。狂気はもはや外部にはなく、自分の同じ大きさを持って自分と同じ姿をしてそこにある。そのかれこそシド・バレットではなかったろうか。対抗すべき「大きな狂気」はもはやなく、自らの内部から生まれてくるのは、自分と同じ形をした狂気であるとき(そこにこそロックのクリシェがある)、彼は眼の前の聴衆に何を訴えるのか? 聴衆の前で何もせず、おそらく絶望の眼差しで彼らを見つめているシド、あるいは聴衆にギターで殴りかかったシドのステージを記した記録が残っているが、その絶望の先にあるのはもはや「沈黙」(脱退)しかなかったろう。おそらくそこに完結することを常に先送りするロマン主義のイロニー(狂気)との接点があると思うのだ。
 その沈黙のステージとグループからの脱退による沈黙、つまりかれの「不在」こそがPinkFloydをある伝説に昇華したのではないだろうか。それをもっともわかっていたのがロジャー・ウォーターズであり、自分の才能の限界の先でつねにシドの後背を追っていたデイブ・ギルモアだったのではないか。
 「あなたにここにいいてほしい」と歌い続けるために?