昨日の続き

昨日書いた古楽器によるピリオド・アプローチの演奏の続きだが、考証に基づく全集なんかではときどき面白い試みがなされる。Haensler Classicのバッハ全集はCDで172枚という膨大な数なので、全集本体は事務所に置いていて聴きたい曲や参考資料として聴く曲(カンタータなんて曲は資料としてしか聴かない)を持ち帰るのだが、これに納められている「音楽の捧げもの」や「平均律クラヴィア曲集」など、実際の演奏会では聴くことのできない楽器編成で録音されている。前者の鍵盤パートはチェンバロ(クラヴィア)とフォルテピアノが曲によって使い分けられているし、モーツァルトの「レクイエム」の補筆校庭で話題になった音楽学者でもあるロバート・レヴィンが弾く後者も、曲によってチェンバロクラヴィコード、そしてフォルテピアノさらにオルガンで弾き分けられている。「音楽の捧げもの」はバッハがフリードリヒ2世によって与えられたテーマに基づいて即興演奏したものを後にまとめたものだが、そのときに使われていたのがG.ジルバーマンというオルガン制作者が作ったフォルテピアノだったという考証に基づくもので、「平均律」も過去に書いた作品のクラヴィア用の作品やオルガン作品の寄せ集めであるということから、そのオリジナルに近いスタイルで録音したものだ。こういう試みには当然、異論もあるわけだが、「作品」としての統一性や演奏会スタイルを求めるならば、わざわざ全集なんか聴かないで単独のCDを買えばいいわけで、こういう全集でしか聴けない録音はその意図からして充分納得できる(実際には分売もされているようだが)。実際に聴いてみてもかなり面白い。オーディオ的にみても、たとえば「平均律」ならば、1組の曲集で4種類の鍵盤古楽器の音を聴けるわけだし、「音楽の捧げもの」でも、フルート・トラヴェルソやガット弦の弦楽器と2種類の鍵盤楽器のアンサンブルが聴けるのだから、チェック用にも充分おもしろい。
ところで、「音楽の捧げもの」のCDには、同じ時期に作曲された短いカノン集がカップリングされているのだが(BWV1072-1078)、カノンによる音の重なりがほとんど現代音楽の微分音のような効果を出していたりして個人的には俺はこれがすごく好きである。BWV1072なんか、ロバート・フィリップとブライアン・イーノのコンビを聴いているような、あるいはミニマル系のアンビエント・ミュージックを聴いているような気持ちになる。こういう過剰な法則性の中からはみ出てきた、常軌を逸した部分というのが大好きなのだ。